高村先生の講演と、内藤さん×大江新先生の対談!

皆様ご無沙汰しております。すっかり秋も深まり、今年も残りわずかとなりました。時の流れの速さを身に沁みて感じている今日この頃です。

さて、11/30, 12/1に三番町共用会議所が一般公開され、それに合わせて小堀研究室の大江宏プロジェクトの成果報告会がありました。

2021年より始まった小堀研のプロジェクト。今夏は梅若能楽学院(1961年竣工)でした。高村研究室からも、多くの学生が実測調査に参加しています。本プロジェクトに関しては、小堀研究室のHP、またはインスタグラムをご覧ください。

△ 梅若能楽堂 正面見所(けんじょ)から見た能舞台

△ 梅若能楽堂 脇正面から見た能舞台
*この時は自然光のみです


さて、今回の三番町共用会議所の一般公開は11/30と12/1の2日間でした。先述の通り、11/30には梅若能楽学院の研究成果報告会が行われました。また、これに関連して今村創平先生(千葉工大教授)と高村雅彦先生によるレクチャーがありました。


今村先生は、大江宏を建築論的見地から分析されていました。梅若能楽堂は、基本的に4,100ミリのグリッドパターンでできていて、そのグリッドの交点にちょうど舞台の正中(しょうなか)が来ているという分析には、正直舌を巻きました。一尺を基本単位とするRC建築!伝統的な寸法体系に近代建築を合わせたのだというお話でした。この時期には既に、伝統とモダニズムの間で葛藤していたのですね。

△ 高村先生の講演の様子


高村先生は、『古式の再現 - 端緒を開く初作の思惟』と題して、能舞台の建築的な歴史を概観し、大江の能舞台の歴史的な位置づけを行いました。梅若の能舞台は、橋掛りがかなり反っていることや、鏡板と橋掛りまでの僅かな間に袖壁が入っていること、奥行きの深い後座を設けていること等、非常に古い形式に則っているということがよくわかりました。また、自然光を取り込もうとする試みは、父・大江新太郎による宝生会館の光天井(これは江戸時代に畳場の上に油障子を貼っていたことに由来する)からの影響ではないか、ということでした。


両先生とも、専門知に基づいた大変貴重で興味深いお話をしてくださり、聴衆の皆様も熱心に聞き入っている様子が印象的でした。


また、翌12/1には、大江宏の御子息であり、法政大学名誉教授の大江新先生をお招きして、高村研究室OBの内藤啓太さん(博士(工学))と、大江宏の庭園観を巡って1時間半ほどの対談が行われました。

はじめに内藤さんから、近代建築と庭園の関係についてのレクチャーがありました。
その後に大江宏の建築と庭園を巡って、大江新先生に当時のことを回想していただきながら、時系列に沿って対談が進められていきました。

結論としては、大江宏の建築においては、庭園と建築の主従関係が必ずしも決まっているわけではないということでした。新先生によると、大江宏は建築と庭園の関係を考える際に、厳島神社とアルハンブラ宮殿の二つをよく参照していたそうです。

大江宏の建築に関しては、これまでに数え切れないほどの人が関心を持ち、言及してきましたが、庭園について丁寧に分析した人は少ないように思います。その意味で、この対談は非常に意義あるものになったのではないでしょうか。

△ 庭園から見た三番町共用会議所 


ちなみに、この報告会が行われた三番町共用会議所も大江宏の設計によるもので、梅若能楽堂よりも7年早い1954年竣工の建築です。

当時流行していたインターナショナル・スタイルで建てられています。現在は樹木に覆われていますが、竣工当時はその端正な美しさを庭から眺めることができたといいます。

(M1 細田)

*掲載写真は全て執筆者が撮影したものです。

法政大学 高村研究室

法政大学デザイン工学部建築学科 高村雅彦研究室のwebサイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000